行方不明者を死亡扱いにするのは非常に苦しい選択です。
生きていると信じるか、死んでいるとしてしまうのか。そこには大きな境界線が存在します。
今回は中山七里さんの「境界線」です。
東日本大震災から7年経った世界を舞台に、事件が巻き起こる内容でした。
心に沁みつつ、苦渋の選択に読者であるはずの僕も悩まされました。
この記事では、そんな「境界線」の内容を一部ネタバレありで紹介していきます。
では、いってみましょう!

あらすじ

七年前の東日本大震災で行方不明になっていた女性の遺体が発見された。
身分証から笘篠奈津美という人物であることがわかり、宮城県捜査一課の警部・笘篠誠一郎の妻だと思われた。
しかし、目の前にいたのは全くの別人。
笘篠は妻を騙られた怒りを抱えながら個人情報の流出経路を探る。
そんな中、新たな事件が起こり個人情報流出経路が見えてくる??
果たして個人情報はどこから漏れたのか。悲しくて苦しい、東日本大震災の爪痕が残るミステリーがここにある。
本書の概要

ページ数
解説を含めず362ページ、全369ページでした。
読むのにかかった時間
大体4時間ほどで読み切ることができました。
構成
笘篠をメイン軸に置いた三人称視点の構成でした。
一部容疑者側の視点となり、どういう経緯で犯罪が行われたのかを深掘る場面もありました。
書評(ネタバレなし)

悲しすぎる結末だけど、やはり見事すぎる中山七里さん!というのが僕の正直な感想でした。
大前提として事件としてはミステリー感少なめで、正直そんなにワクワク感や謎感はなかったです。
ですが、動機や社会問題と結びつけるうまさはピカイチでした。
ありそうな話でありつつ、やってしまっても仕方ないだろうと思わせる話。
見事という他ない内容でした。
社会派ミステリーとはまさにこのことと言うべき内容で、個人情報流出がこうつながっていくのかというのはまさに圧巻。
大どんでん返しやアッと言わせるテクニックがあるわけではないものの、非常に面白い一冊だと思いました。
境界線というタイトルもまさにこの小説を象徴しているタイトルで、生きているか死んでいるか、犯罪か犯罪じゃないかのまさに境界線をテーマにした内容です。
おすすめ度

中山七里さんの「境界線」おすすめ度は、5点満点中4点です。
多くの方に読んでほしい。という評価。
ミステリーとして面白いかより、社会的なメッセージとして読んでほしい一冊です。
東日本大震災との絡みの話はちょっと心を痛める人はいそう。
とはいえ、社会に投げかけるテーマとしては非常に良い作品です。
ただ僕としては中山七里さんの「護られなかった者たちへ」の方が好きでした。
なので、「境界線」の優先度は「護られなかった者たちへ」の次といったところでしょうか。
ただ「護られなかった者たちへ」はかなりグロテスクなシーンがあるので、グロいのが苦手という方は「境界線」の方が楽しく読めるかもしれないです。
メッセージ性も「護られなかった者たちへ」の方がシンプルだと思います。
「境界線」はそういった意味でも、インパクトとグロさ弱めの「護られなかった者たちへ」という感じです。
弱めとは言いつつ、読みやすさという意味では「境界線」の方がハマる人はいるかもしれません。
どちらもおすすめ!というのが結局のところ、僕の意見です。
要約・あらすじ(ネタバレあり)
ここからはネタバレを含みますので、ネタバレが嫌な方はまとめの章まで飛ぶようにしてください。

では、ネタバレありの要約・あらすじをやっていきます。
笘篠誠一郎は、身分証から妻である笘篠奈津美と思われる遺体が見つかった連絡を受けます。
しかし、その遺体は全くの別人。笘篠奈津美の身分証を持っていただけの遺体だったのです。
笘篠は勝手に妻の個人情報を使われたことに怒りを覚えながら、捜査を進めます。
すると、遺体は自殺であることがわかり、また遺体の女性の両親は、殺人罪で死刑が執行されていることを知ります。
自分の名前では生きていけない、だから個人情報を買ったのだろうと思われる遺体。
ただ、自殺で事件は幕を閉じることになり、笘篠は結局個人情報を売った本人まで辿り着けないと悔しがると同時にもう一つの事件が発生します。
男性の遺体で、これまた個人情報が勝手に使用され、全くの別人の身分証を持つ遺体。
しかも指は切断され、顎は砕かれていました。
明らかに遺体の身分を隠そうとしている。警察は全力をあげてこの遺体の本人を探り当てます。
その人物は前科を持っていました。
やはりこの人物も身分を買わないと何もできない存在、個人情報を買うしかないという状況に追い込まれていたのです。
二人の共通点から、個人情報の売人に迫る笘篠。
一つのNPO法人に目をつけ、そこの代表に話を聞きにいくと、すでにもぬけの殻になっていました。
場面は変わり、容疑者の一人である情報屋の五代。
五代は高校生の頃を思い出していました。
ヤンチャをやっていた高校時代に、全く異なる優等生・鵠沼。二人はカツアゲとヤクザとのいざこざで仲良くなりました。
ついには高校時代に詐欺を成功させた経験もありました。
とはいえ鵠沼は優等生の道、五代は頭の良さを生かしながら闇の世界を歩んでいきました。
そんな時に起こったのが東日本大震災、鵠沼はそこで両親を失い、目の前で津波に流される小学生を助けられない経験をしました。
鵠沼はそこで考えが変わり、悪の道を辿ることになったのです。
やったのは行方不明者の情報を、名前を変えたい人に売ること。
行方不明者の個人情報を有効利用して人を助けていることをし始めたのです。
最終的に逃げていた鵠沼は捕まり、殺人容疑で捕まりました。
男性を殺した理由は、個人情報の売買で脅迫されたからというものでした。
鵠沼の気持ちを知り、自分に当てはめた時、笘篠は妻と息子の行方不明者から死亡にする決断に揺れるのです。
そして、強い男が一人で大きく声をあげて泣くのでした。
小説のメッセージ 解説(ネタバレあり)

ネタバレ続きます。
ここでは、「境界線」にどのような社会的メッセージがあるのか解説していきます。
行方不明者の個人情報を利用することが良いか悪いか。もメッセージですが、それ以上に名前だけで人を評価するべきかが僕は「境界線」のメッセージだと思いました。
名前を変えるだけで就職できてしまったり、特に怪しまれることもない。
逆に名前だけで、前科者だからダメ。親戚に犯罪者がいるからダメ。
そんな社会に一石と投じる内容だったと思いました。
個人を特定するものなんてどれだけ儚いものなのか、東日本大震災でそれが現実となったことが「境界線」では取り上げられたのです。
犯罪であることは確かですが、現実問題実害を受ける人は少ない。
行方不明者としている人の心を踏み躙ってはいるものの、行方不明者の個人情報を活用するのを完全に悪とは言い切れない。
そんな話でした。
僕自身に置き換えた時、個人情報を使われたことに腹を立てるのか。
それとも、そうでもしないとまともな生活ができないことに同情するのか。
何が正しくて、何が間違っているかは非常に難しい問題というのを改めて知らせてくれる内容だったと思います。
まとめ

ここからはネタバレないので安心してください。
今回は中山七里さんの「境界線」を紹介してきました。
社会派ミステリーの名に相応しい内容で、かなりおすすめできます。
ぜひ、気になる方はお手に取ってみてください。
では、皆さんの読書ライフがより良いものになることを祈っています。

